第3期(2003年~2007年)サムルノリの演奏(楽学塾との連携)

Wikipediaより

 東綾中学校卒業後もチャングの演奏を学び続け、東綾中学校の準部活動サムルノリ部の先導役となっているのが、ふりそでの少女像をつくる会の高校生であった。彼女らは東綾サムルノリの楽譜を作成し、和太鼓と共演するためのリズムを独自に創りあげた。山家さくら祭りで「山家太鼓サムル」、口上林川祭りで「口上林和太鼓サムル」を演奏した。同時にふりそでの少女像をつくる会で、福留志なさん誕生会、山家納涼祭、国際交流ふれあい農園収穫祭に参加し、チャング演奏をおこなってきた。
 毎年夏、長崎のふりそでの少女像に折り鶴を捧げているが、2005年は綾部市民に折ってもらおうと高校生が提案し、綾部市内32ヶ所に趣旨を説明するチラシとかごを設置した。最終的に42,000羽という綾部市民の数を越える折り鶴が集まり、長崎に運んだ。

 2007年~2011年は、福留志なさんが2009年11月30日綾部市最高齢107歳で死去されたり、その翌年には綾部市で志なさんを偲ぶ「ふりそで・折り鶴コンサート」を梅原司平氏をよんでおこなった。その後、志なさんの家族も綾部におられなくなり、綾部市東山町の実家も売却され、ふりそでの少女に関わる建物がなくなった。それでも志なさんの使われた柳ごおりや手紙などの遺品は現在ふりそでの少女像をつくる会で保管している。そして、広島や長崎に高校生や青年を派遣し続けてきた。

●福留志なさんの残されたもの
・誕生会の贈り物 誕生会記録はこちら
・柳ごおり、お宮参りの晴れ着?